生物文化多様性に関するマニフェスト

国際連合による生物多様性に関する報告によると,近い将来,地球上の全生物のうち,約100万種が絶滅すると言われています。ユネスコによる宣言を見ても,この生物多様性が低下することにより,文化,言語における多様性が損なわれる可能性が高くなるとされています。現在,世界の約3分の1の言語の話者が1,000人にも満たず,その大半は,22世紀には消滅すると言われています。その一方,文化は,地域に住む人の生活と環境との関係と深く結びついています。その関係性により,生物多様性(遺伝子,種,生命体を含む)に関連した,さまざまな価値観,知識や習慣が生み出されます。生物多様性の保全は,文化が持ち合わせる社会的価値に関する言語表象により行われます。

このマニフェストは,生物多様性と文化的多様性は密接に関連し,有機的な関係にあることを前提としています。しかしながら,近年の研究で示されているように,生物文化多様性が地球規模で失われつつあります。国によっては,この状況を打破すべく法令を制定するなどの施策を行なっていますが,以下に署名した者は,これだけでは十分な施策が採られたとは考えていません。世界中で生じている言語文化多様性の低下が進んでいる現在,我々はただちに行動を起こす必要があります。

以下では,生物文化多様性と言語文化多様性との密接な関係を具体化し,我々を取り巻く環境並びにコミュニティが持ち合わせている多様性を保持させるための方法を探究するための取り組みの一端を示します。このために,我々は,世界と地域のレベルで生じている生物文化多様性の消失に見られる関係性に着目します。

言語,並びに言語文化を通じて伝承されてきた慣習や知識体系によって,我々の生活が豊かになった一方,我々はさまざまな問題も抱えてきました。同じことは,天然資源や生物多様性の保全に対する取り組みにも言えます。この点で,我々は,サステナビリティを実現させるために,我々の文化・習慣を早急に改変させる必要があります。

経済と環境

我々人類が地球上で生活しているということは,人類と自然が相互に関連していることでもあります。我々が,自然と社会を巡る有機的関係を的確に理解することで,はじめて変容を遂げていく社会に適応できるようになるのです。しかしながら,現在の経済活動を続けていくと,天然資源を枯渇させてしまうことになります。その結果,生物文化多様性に深刻な影響を与えてしまう可能性があります。現状の考え方のままでは,私たち人類は地球上の生態系に属する種としての存在を自ら否定してしまうことになります。

政府,公的機関,並びに民間企業が,自らの行動に責任を持つとともに,これまでの事業に対する透明性を高め,より効果的な政策を策定するための措置を講じなければなりません。つまり,天然資源の重要性を,異文化において果たす意義も含めた上で把握する必要があるのです。そこで,これらを具現化させるために,我々は以下を提案します。

1.文化的多様性と生物多様性を保全するために必要な文書を作成すること(在来保有資産とモノカルチャーとの関係性と会社組織内における社員の文化的多様性の比較など)

2.生物多様性と文化的多様性の保全を実現させるために,会社が具体的な措置を講じたことを認定する手順を策定すること

3.生物文化的多様性の定義とそれに基づいた定量的指標を示すこと(その際,例えばEntropy index, the Shannon index, the Simpson index, the Berger-Parker indexなど既存の指標を手がかりとすること)

4. 生物文化保全活動を普及させることで生み出された文化財,日用必需品,食品などの費用対効果を検証するための学際的研究を促進させること

5.持続可能な経済活動において,関係者の文化的背景に十分配慮した方針を策定し,どの生態系においても,関係者の表象文化が取り残されないよう対処すること

6. 国際連合における生物文化多様性に関連する持続可能な開発目標を全面的に採用する民間企業および公的機関に対してインセンティブをとること

7.生物文化的インパクト,普及,再分配,ガバナンス,および課税を含めた金融政策を新たに策定すること

8.生物文化多様性への取り組みに関する幅広い研究,並びに記録を行う機会の提供,投資,貢献をさせるための指標を策定する。他地域においても,その指標が実践できるよう措置を講じること

9.生物文化多様性への意識を高め,基本的な方針を生み出すために,地域環境における交流と対話を行うための参加型実践を促進させること

教育と意識

現代社会では,多様性をめぐる文化と言語の相互作用に対する理解,意識,批判的思考を養成することが急務となっています。世代を超えてこれを実現させる上で、教育は大きな役割を果たします。社会過程として体系化された教育は,上下関係で,一方向的なもの(つまり,知識保有者に対する知識要求者)としてではなく,横の関係で,双方向的なものとして位置づけられるべきです。これは,社会における立場に関係することなく,全ての個人と集団を取り巻く習慣や知識を当事者同士で共有していくものだと言えます。我々は,教育を,適切な倫理観を共有しながら,関係者と協働することによって形成される慣習と知識を共有していくための手段として認識しています。このような点で,教育を通じた形で,多様性への意識を高めることは,すべての市民が生活を営む上で,必要不可欠なものなのです。

学習は,特に多様な習慣や知識を次の世代に伝承していくことと深く関係しています。その習慣や知識は,これまでの社会で培われてきた様々な文化・社会集団によって形成されたものです。同時に,これらは,学者,教師,または法的に認定された人に限られたものでもありません。この点で,生物文化言語的多様性に対する意識を広めるためには,多様な人々が関わってくるのです。

生物文化多様性の保全を図るために,学習と気づき(アウェアネス)によって示された課題は,多角的な学術研究に基づくと,以下のようにまとめられます。

1.生物的・文化的・言語的多様性に関する学びは,全ての教育課程で導入すべきです。これにより,混質化の進む現代社会を支える多様性を育むことが可能となります。そのためには,人類学,農学,生態学,環境学,社会学の知見を積極的に取り込む必要があります。

2.生物文化多様性の支援を授受するのは,さまざまな社会集団,大人はもちろんのこと,子供をその中心に据えて行わなければなりません。また,支援には,全ての人が置かれた現状と要望に応じた教授法,教材の開発と実践がなされるべきです。

3.生物文化多様性に関する新しい教育プログラム,それを支えるカリキュラム,コンテンツを開発することが急務です。これらは,教育の現場で実践される方法,ツール,アプローチ,コンテンツを共同で考案,提示,議論したものを基盤とする必要があります。

4. 新たな学習方法を開発する必要があります。例えば,イマージョン教育,相互訪問,ワークショップ,ゲーム,そして持続可能なテクノロジーを利用することなどです。いずれも,環境に十分に配慮しながら開発を進めていく必要があります。

5.学習環境において,学校や教育機関は,生物文化多様性,持続可能性を考慮に入れた上で設計されるべきです。また,学習プロセスは,可能であれば学校や他の教育機関を離れた場所で実践されることが期待されます。こうすることで,生物文化多様性を経験させる環境を学習者に提供することにより,学習・保存・支援すべき内容,並びにそれらの改善点を示すことになります。

6.すべての外部関係者は,教育およびアウェアネス(気づき)プログラム,教育理念,並びに現場のニーズに貢献しなければなりません。

7.生物文化多様性に関する考え方を普及,伝承させるために,情報の視覚化は重要な役割を果たします。そのために,双方向性強化のための技術が開発され,独自の発想による芸術活動や学術研究を促進させるべきです。

8.多様性をめぐる基本的な考え方を育み,維持させ,広めるためには,教育と学習が必要不可欠です。この多様性は,その意義を認め,保全するとともに,それを支援し,取り組むものとして捉える必要があります。

9.教育は,関連機関との協力関係を構築するとともに,市民が主体的に関わることのできる教育へとその方針の転換を図るべきです。教育を実践することにより,旧来から存在する複雑な社会構造への理解が深まります。その結果,この複雑な社会構造こそが,多様性を支える基盤となっていることを知り,また,社会と文化の相互作用により生成される世界表象と世界観に対する理解を深めることにもなります。

10.「何かをしたい」「何か行動を起こしたい」と考えることと学習との間にある関係をより適切に理解するには,その関係をめぐる言説を分析する必要があります。この分析には,その背後にある偏見やステレオタイプから,その原型,象徴,表象までを扱う必要があります。

11.この他に重要なことは,バランスと平衡といった概念を研究し,社会に広めることです。これにより,人間社会とその環境との関係を捉え,理解を深めることができます。

本マニフェスト執筆者について

本マニフェストは,2019年10月23日・24日にウィーンのオーストリア科学アカデミーのexploration spaceにより共同執筆された「Sprint」の結果に基づきます。Sprintはexplore AT!, PROVIDEDH,DARIAH- EUの研究助成を受けました。本マニフェストには,世界各地から招待された多様な背景を持ち合わせた研究者らによる共創プロセスによって得られた議論,合意,視点,観点が反映されています。sprintが開催された2日間,生物学,言語学,人文科学,持続可能性,社会学,デザイン,コンピューターサイエンスの分野の研究者がお互いの知識を集結させました。我々はオーストリア,ブラジル,エルサルバドル,フランス,ドイツ,インド,メキシコ,ポルトガル,スペイン,スウェーデンの研究者,実務家,文化活動家です。ここに,より多くの参加者に開かれた第2段階の共同執筆によって作成されたsprintをもとに本マニフェストを作成しました。